TOP > SPECIAL > KAMI Special Long Interview 前編「Thoughts on Art Scene」

SPECIAL


●KAMI アーティスト/ペインター
13歳からスケートボードを始め、その後スケートボードを続けながらグラフィティカルチャーから影響を受ける。22歳で東京に移り、イラストレーションやグラフィック等の制作を行う。99年NYでDAVID ELLISに出会い、アーティスト集団BARNSTORMERSの一員として壁画を描き出す。その後東京に戻りグラフィティ、スケートボード、壁画というジャンルを行き来し独自の表現法を模索しながら活動を続ける中、99年から始めていたSASUとの活動を04年にHITOTZUKI(日と月)と命名し本格化。KAMIの個人活動と並行しながら、壁画制作を中心にHITOTZUKIとしての活動も精力的に行っている。

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10年以上のアーティストキャリアのあるKAMI。その間、街のふとしたところで目にするものや04年から始まったHITOTZUKIでの巨大壁画など、多くの作品を彼は残してきた。近年では香港やベルリンなど日本以外の地でもその活躍を見ることが出来る。ひたむきにペイントすることを継続してきた長いキャリアを持つ彼に話を伺うべく、RED 1 PRESSではスペシャルロングインタビューを行った。
インタビュー前編では、近年のアートシーンをどう捉えているか?ということをきっかけにいろいろと話を聞いてみた。

●インタビュー前編 『今の時代に思うこと 〜原点に戻ってやる事で突き抜けたい〜』

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RED 1 PRESS(以下R):
07年にアートバブルが起こって以来、アート界には変化があったと思います。作品売買ついてや自身のそういった活動をどう考えていますか?

KAMI(以下K):
実際のところそういったアートバブルとか売買っていう世界と自分らのやってる事がそこまで関係していないというか、そういう世界もあるんだろうけど、遠目で見ていたっていうか。ただ、海外で描いたりアートショウに呼ばれて行ったりしてきて、あぁ世界ではアートってこういう状況になってるんだな、こういう風に成り立ってるんだなってやっと理解出来たところはあるんだよね実際。
で、そういう状況を見て、自分もそういうビジネスとかの流れに乗れるようなやり方を意識してやっていかなあかんのかなと思った時期もあってんけど、結局業界のこととかアートシーンの流れみたいなものを意識してやったりとか、自分にはあまり合わないんじゃないかって思ったんだよね。だからやっぱりそういう部分じゃなく原点に戻ってやる事で突き抜けたいなって思うようになった。勿論お金にするのって大事やし、必要なことやからそういう(積極的にお金にする)方向に全く手を出したくないとかじゃなくて。自分の仕事に没頭できる環境を作っていくことが一番理想だとも思うから、そういう部分で制作以外の所でサポートしてくれる人に会ったり、時代もどんどん変わって行ってる中で何かもっと自分達流のやり方をみつけてやっていかなあかんなと思う。
それですごく楽になった部分はあるんだよね、別に合わせなくて良いんだっていうか、開き直ったみたいな。まず自分がやりたいことをやっていく前提の中で、そういう部分(アートシーン)に自然とリンクしていったら良いなって今は思ってる。

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Kami 2009

R:以前一緒にやっていたBARNSTORMERSのメンバーの中ではそういうシーンの中で有名になっていってる人もいますね。

K:うん。Ease(José Parlá)とかDAVID ELLIS(skwerm)とかにしても活躍していってるね。やっぱり近い場所にいる仲間やったわけやし、人間的にもよく知ってるからそれはそれで「すげぇな」って思うし、結局評価されている人ってやっぱり良いもの作ってる思うよ。それは間違いないと思うわ。オリジナリティがあって、それなりに経験積んでやってきてるからこそ評価されてるっていう状況はすごい良いと思うね。結局はそれ相応の報酬を得ているっていう感じがする。とにかくバカみたいに得して儲かることじゃないと思うよ、実際は。そういう人もいるのかもしれへんけど、時代も時代だし、世の中そんな甘くないと思うし。
で、結局は自分らはただ黙ってやることやるって言うか、自分に集中するというか。それしかないんだよね、はっきり言って。誰が有名になっていようが誰の作品が何万ドルで売っていようがあんま関係ないっていうか。
人それぞれ得意なやり方もあるだろうし、それがお金にしようとするやり方であってもそうじゃなくても。結局はそれぞれの得意なやり方を伸ばして生き残っていくしかないんだよね。
一番好きじゃないのはそういう周りの状況を見てあっちだこっちだって自分がブレちゃうのが無駄やなって思ったから。
だから今みたいなご時世、グラグラしてる時期やと思うからさ、自分のことを理解して進む方向をちゃんと見つめていかないとなって思うよ。

R:KAMIさんは壁画の活動がすごく多いじゃないですか。そこへのこだわりとか壁画への気持ちみたいなものっていうのはどういうものですか?

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K:それはやっぱり、壁画ってどんな人でも向かい合う機会があると思ってて。外で描いているとさ、たまたま通りかかった人と話したりして「昔から見てます」とかって反応が偶然あったり、または興味を持ってもらえる切っ掛けになったりとか、そういう人がいたりしてその壁の前でストーリーが広がったりして、壁の絵が与える影響ってやっぱりあると思うから。
何て言うか、描いてある絵が俺らのアートって言うよりも街の風景とか日常のあり方に壁の絵が混じり合うことで、そこにおもしろい空間ができてるっていうのが面白いところかな。そこには人々の生活や日常の動きが関係してたり、壁に色があるというだけで全然違う景色になると思うから、だから大きなもの(壁画)ってさらにそういう効果が凄くあると思うし、美術館でもギャラリーでもそれはそれでいいと思ってるけど、ただそういうところだとより限定されてしまうし、見ようとする意識のある人でないと来れへんやんか。でも外はそうじゃないやん、偶然目に飛び込んできたりっていうハプニングがあったりとか、やっぱりグラフィティに魅力があるのもそういう部分やと思うし、そこが面白いと。
この数年で自分の意識とか興味の方向もまた変わってきていて、例えばミューラル(壁画)としてよりディティールまで描き入れたいと思うようになったり、その反面最近はまた昔やってたみたいなシンプルなインパクトのあるものを残したいと思ったり。結局は自分の中でここやったらこんなんかっこええなと思う事をやってくだけなんだけど、そう言う意味で考えるアプローチの仕方はグラフィティとはちょっと違うかもしれへんね。でもグラフィティのダイレクトなパワーにインスピレーションを受けてるし、描く原動力というか精神的なスピリットとかに共通点があると思ってる。いい意味で刺激を残したいしね。
自分らが残したい、伝えたいと思うのは何て言うか絵から出る“波動”、その場所の空気感を自分達のスタイルで変化させる事だと思うから。

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Kami @ Shibuya 2006

R:そういう感覚の原点というのはどういうところにあるんですか?

K:やっぱりそういう感覚を感じることができる作品を見たりとか、建築にしてもそうやし、実際に見た、感じたっていうのが大きいよね。「これはすごいね!」って思うような。
そういうものって自分のエゴとか勢いみたいなものを越えて、突き詰めていった後の純粋なエネルギー、なんていうか宇宙と繋がってるような広がりを持っているような気がするんだよね。だから人の作ったそういう作品とかにも影響を受けるし、そういうアーティスト本人に出会って感じた経験も大きいんじゃないかな。

R:例えばそれはどんな人の作品なのでしょう?

K:作品でいったら日本人では千住博さんとか松井守男さんとかの空気感は凄い好きだな。あと最近のOSGEMEOS(オズジェメオス)とかSWOON(スゥーン)とかも好きだし。自分にはない世界観を持っていて、持ってうまれた個性をいい部分も悪い部分も含めて貫いていくことで独創的な作品に変えている人が好きだね。実際、彼等の制作に対する執着心やピュアなエネルギーには尊敬するものがあるよ。純粋にそれだけに徹しているし、あの突っ込みはすざまじいね。KRなんかも好きなインクのドリップを追求してきて、続けてきて、ある意味聖域感じるものを創っているし、そういうのはホント素晴らしいと思うね。一見誰にでも出来そうなドリップなのに誰かがマネしてあれやっても全然違うっていうね、経験値が醸し出す厚みっていうかね。あとは旅先で見た寺院とか歴史的な建築、その中の一個一個の彫刻とかも。すごく年月をかけて何世代にも渡って作られていて、気持ちもすごく込められてる。そういうのって旅先でみたりするとすごく感じるものがあるんだよね。生涯自分を納得できる理想の次元まで持っていければ幸せだなって思うしね、凄く。だからそういう方向で考えてるとアートシーンとか誰がどうなってるとかっていう事より、もっと頭解放して自分らが生涯かけて表現出来ることに徹っしたいと思ってる。だから今まで描いてきたり経験してきたこととかっていうのは今の感覚に行き着くまでの過程なのかなと思ってて、その出発点がストリートカルチャーであって、次の高みっていうのは、もっと踏み込んだ所でそこから得た経験を次のステージで表現することなんだよね。

R:具体的に目指すところというのは?

K:それについては具体的な言葉がでないんだよね。日々の積み重ねで見えてくる部分もあるし。だからそれはこれから作品とかやってる事で伝えていくんだと思うけど、やっぱりストリートカルチャーから得たスピリット、スケートだったりグラフィティだったり、そこから得たポジティブな部分。結局それが自分の等身大のバックグラウンドなんやと思うし、そこは大事に残していきたいと思うね。

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R:水戸でのX-COLORの時の作品からは“聖域”的なものを感じました。

K:俺もSASU(HITOTZUKIのパートナー)もやっぱりそういうもの(聖域的なもの)に共感してたりとかインスピレーションを受けてたりっていうのが大きいから、だからあぁいう感じになったのだと思う。でも聖域すぎても自分達には堅苦しいやん、だからあまり意識しないで、描く場所見たあとお互いに感覚的にほぼ即興で描いていって結果自然とああなったという感じだね。

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R:ではHITOTZUKIはそういう二人の似た部分から始まったんですか?

K:いや、始まりはもう普通に自然と。意識もしてなかったね。
会った時にはあいつも絵を描いていたっていうのがあって、自然にまあノートとかその辺に描いたりしてて。
で2000年のbarnstormersのツアーに一緒にノースキャロライナに行ってその時はお互い別の壁に描いたんだけど、帰国してから二人ともそこで描いた刺激が頭から離れなくなって。そこからエスカレートして一緒に壁も描くようになったりして、とにかくペイントしまくってたね。それ以降海外なんかはだいたい二人で呼ばれる機会が多かったから、そうなると一緒に旅するって感じで、グループショウなんかも最初は別々に描いてたんだけど一緒に描いてくれと言われることも多くなってきて、気付いたら一緒に旅して制作するっていう生活になっていたんだよね。
で結婚したあたりから意識的に共同制作に名前付けようってなって、日と月と命名した。そこから本格的にHITOTZUKIで動くようにもなっていって。二人共やるたび次を求めるから終わりがないし、制作に対する執着心ていうのか、そこは似てる部分だと思うし盛り上がる部分、やるほどタイトになっていってるなって思うね。

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Hitotzuki / Urbis Museum ,Manchester 2004.

R:二人でやっていくうちにHITOTZUKIの転機みたいなものはあったんですか?

K:まず最初の転機は05年にPOINTっていう代官山にあったギャラリー(現在恵比寿に移転)でやったエキシビションで『LAND』っていう展覧会をやったんだよね。インスタレーション展示やライブペイントなんかもやったんだけど、人に伝えるってことの難しさを感じたね。やっぱり二人、特に男女でやると難しいのかなぁとかも思ったし、自分達もやり方を模索しながらやっていた感じだったけど、パワーだけはスゴかったね、荒くて散漫だったけどその分自由度は凄く高かったと思う。当時自分も含めHITOTZUKIっていうのはアップダウンが激しかったんだよ、ものすごく。海外での状況と日本での環境の違いを感じ始めていた時だし、正直戸惑う事が多かったね。自分達が見てきたものとか大切だと思う感覚がなかなか人に伝わらなかったというか、伝える術をもちあわせていなかったというか。あの頃二人でライブペイントをよくやってて、とにかく何かをぶっ壊したいって感覚が凄くあって。自分なんかはあのツボって言われるラインのイメージが強かったし、とにかく何か新しいものを生み出したいって感じだったね。

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Hitotzuki / Livepainting 2005.

男女二人でやるのってどうなんとか、そういうくだらない部分に憤りを感じたりもしたしね。そういうものを全部ぶち壊すつもりでやってて。自分らが空回りしているようにも感じた時もあったけど、とにかくやるしかなかったね。エネルギーの消費が半端無かったのはよく覚えてる。もちろん良い時もあったりで、その時はすごい充実感と可能性が広がる感じがしたり。
まぁそんな感じでライブペイントと壁に描くのを懲りずに続けてたんだけど、ある時「来たなっ!」て、やっと自分達が良いって思えるものにまとめられた手応えがあって。その時は続けてきて良かったって思ったし、これからもっと伸ばせるって思ったね。そうなると過去にやってきたライブペイントがやっと意味を持つっていうか。その時の経験がものすごく貴重だと思うね。
その時くらいからかなぁ、SASUの描くものがすごいエネルギーを放ち出したんだよね。描くものが出す波動の粒子が凄く細かくてクリアーで神々しいって言うかさ。あの波動を壁に落とせるのは世界中で彼女しかいないからね、やっぱりそういう部分でも俺は影響を受けてるからHITOTZUKIは一歩ずつ磨きをかけて進歩してるし、お互い影響を受けてると思うよ。

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R:ベルリンや香港の壁でも描いてましたよね。

K:ベルリンなんかもさ、結局5日間で完成さしたからね。子供もいて片方が抱いて面倒みている間に片方が高所車で上って描いてみたいな感じでさ。今までだったらもらった時間二人で全部使って描けたけど、今は交代でやらなあかんし。タイトなスケジュールだったけど結局それで描けたからね。海外でも時間が限られた中でより自分達が美しいと思うものを完成させるっていうのも課題になってくるからさ。描くだけじゃなくてマテリアルの調達とか事前の準備とかも今まで積み重ねてきた経験がかなり役立ってきてると思うし、成長してきてるんちゃうかなぁとは思ってる。まさかそんな状況でやるなんて前は考えてもいなかったからな、プラハの時もそうだし、突っ込めば何とかなるというか、やれば出来るしやる事で自信にもなったし得た事は大きかったね。描いた後も最近ベルリンで偶然見たって言われたり、そういうリアクションはやっぱうれしいしね。

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Hitotzuki / Work in progress, Berlin 2009.

R:海外での活動経験がとても多いですよね。今までに海外でたくさんやってきて活動の拠点について考えることってありますか?

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Praha 2008.

K:どうだろな、、あんまり考えてないかもね。期間を決めて海外で活動するってのはけっこうやってみたいとは思ってるんだけど。
拠点を移すってのはどうだろね、食べ物とかも日本の方が合ってるしな、自分は。やっぱり活動する場所が東京だから良いのかなぁって思ったりもするね。ただ海外はストリートアートとか自分達がいるようなシーンとかアートに対しての基盤が全然違うから、そういう意味では日本で活動するのは難しいのかなと思った時も多々あるね。まあ、だからこそやりがいはあると思うし、逆にいうと日本のこの環境でやっていく為には、自分らなりの方法を見つけ出して道を作っていくって事だから、それをやらな意味ないなとも思うんだよね。
俺は地方の人間だから感じるんだけどさ(KAMIの出身は京都)、東京は速度なんかも全然違うよね。当たり前に人に会う量とか情報とかリンクの仕方が速いし、動きを実感できるし。外国から来る人達も東京に来るし、またそこでリンクして広がっていったり。そんな風にいろんなことが日々動いてる街だからね。地方ののんびりした場所も結構好きで行く機会も多いから、とりあえず今はベースにするのは東京が良いのかなって思ってる。でももっといい環境を見つけたらいつでも動くつもりではいるよ。

R:では今の東京のシーンについてはどうでしょう。10年以上のキャリアを続けてきて、そういったシーンを長い時間見ていると思うのですが何か感じることはありますか?

K:東京のシーンって限定されると難しいんだけど、全体的になんでも技術の高い物がすごく多いと思うかな。すごい個人的な見方になっちゃうけど、俺はやっぱりスタイルって重要だと思うんだよな。個性的にするっていうのとはちょっと違って、個性をそれぞれの現状に織り交ぜて表現するっていうか。その人の本来のパワー、生きて行く力みたいなものを作品に出すのって難しいけど必要な要素だと思うんだよね俺は。今はいろんな情報が多くて手軽な分すごくスキルのレベルは上がってきていて、なんとなくかっこよくは出来ると思うんだけど、情報から得た影響に気付いていない人が多いって思うね。影響を受けて取り入れた手法とかスタイルを自分が生み出したオリジナルと簡単に思い込んでしまって、影響されていることに気付かないのはちょっと悲しい現状っていうか。
自分もそうだけど人は誰しもが何らかの影響を受けているんだよね。例えばもともとあるものを理解した上で利用して新しいものを生み出す手法、グラフィティでもスタイルの継承っていうか、誰かが見いだした描き方とか、レターやタギングのスタイルを敬意を持った上であえて継承していくっていうやり方もあるし、それもいいと思うんだよ。街に絵を描くのもグラフィティライターや壁画家とか誰かが既にやっていた文化なわけだし、全部が全部オリジナルなやり方じゃなきゃだめだって訳じゃなくてさ、自分もデザインする時サンプリングする場合もあるしね。でもその発端には先駆者がいて成り立ってるから、自分がどこからの影響を受けているか、それを自分自身でしっかり理解しておくべきだと思うよ。メディアもその辺あいまいだったりすると結局全然文化も成長しないし、敬意を払うべきオリジナルの部分がある事なんて気にも留められてなかったり、本当にやってる人だけが知っている事実になってたりとかね。今はそういう時代なんだって言ったらそれまでだけど、やっぱり俺はこんな時代だからこそ自分のスタイルを見いだす努力をしている人が好きかな。大変な事やからね、熱いって思うやんそのほうが。
もちろん良い面もあって、最近はスケーターなりペイントなり活動している人達の人口が前より断然多くてさ、周りから熱くて良いインスピレーションを貰う事も多いよ。やる気次第で自分達でシステムを作ってまわしていける時代やからそれを上手に使っていけばシーンも盛り上がるしね。みんな真剣に好きな事やるために向き合って進んでるのとか、自分がその年代のときには考えられなかった事が起こってる、それは凄く良い部分だと思う。それもふまえて結局は自分ももっとやって伝えていかなあかんと思ってるよ。

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R:ではそういうある程度独立したかたちの活動も含め、ここからの動きとしてはどうですか?

K:これからの動きとしては2月にオーストラリアで『LETTER HEADS』っていうグループ展があって、その後六本木の森美術館で3月から『六本木クロッシング2010』っていうグループ展にHITOTZUKIで参加するよ。他にもちょくちょく進めてることがいくつかあるよ。
壁に描くことに関しては、HITOTZUKIであったり、KAMI個人であったりもっとやっていくつもりで、また他の誰かと一緒に描く機会もあるかもしれないね。壁に関しては常に飢えてるから良い物創りたいと思ってる。結局そこが自分達の原点だと思うから。
昨年オープンしたHITOTZUKIのONLINE STOREも、基本的に自分達があったらいいなって思うものを作ってるんだけど、今後も少しずつ発信していきたいって思ってるよ。

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インタビュー後編はこちら

http://www.red1press.com


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